人手不足が深刻化。パイロットの年収高騰が止まらない理由

最近話題の航空業界の人手不足。なかでもパイロット需要の増加とそれに伴う収入の高騰が話題です。

経済がグローバル化するにつれて、国境を跨ぐ人や物の行き交いが増えます。その結果航空需要が増え、パイロットの不足が激しくなるのは当然のことですが、状況は想定以上に深刻のようです。

航空業界を取り巻く気になるマネーの動きについて、取り上げてみます。

高給のイメージがあるパイロット、実際の給与水準も驚くほど高い

職業別ランキングでは、医師に次ぐ2位

周知の事実ですが、医者や弁護士等と同様にパイロットの給与は非常に高い水準にあります。厚生労働省が算出する「賃金構造基本統計調査」を基にした東洋経済による平成29年度の職業別収入ランキングでは、航空機操縦士は2位に位置しています。

(出所)東洋経済年収別ランキング1-25位 https://toyokeizai.net/articles/-/212579?page=3

ここではあくまで職業別のため、民間事業会社の経営者は民間平均に含まれており、別出しされていません。なお、この調査での民間平均は490万円前後です。

上位に位置する職業は、押し並べて専門性の高い職業となっていますが、このデータだけでもいかにパイロットの給与が高く、平均から乖離した水準にあるか分かると思います。

年齢別に見てみてみると、20代から既に900万円台を超過しています。そこから先のキャリアである副操縦士、キャプテンへと職階が上昇するにつれて、給与カーブは急激に上昇しています。

WS000181

(出所)http://careergarden.jp/pilot/salary/

航空機操縦士の給与の高さは海外でも同様の傾向

日本は航空関連の職業のステータスは高いが、海外ではそれほどでもない(例えばCAなど)という話を耳にすることがありますが、実際はどうなのでしょうか?

アメリカの航空操縦士養成学校のPEAの集計によると、2012年と少し古いデータに基づきますが、米労働統計局の統計では以下の通りとなっています。

米国航空産業の給与水準(機長・副操縦士・航空エンジニアを含む)

  • 上位10%:$187,200(約2,240万円
  • 業種平均:$114,200(約1,370万円
  • 下位10%:$66,970(約800万円

航空会社規模別の機長の年収

  • 大手航空会社:$135,000(約1,620万円
  • 地域航空会社:$55,000(約660万円

※参考為替レートは1ドル=120円

(出所)https://www.pea.com/airline-pilot-salary/

上下の格差はそれなりにありますが、米国でもANAやJAL等と同じナショナル・フラッグ・キャリアのパイロットなら、民間企業の役員並みの給与を得ることはそれほど難しくありません。

なお、米国以外の国際的な航空会社もほぼ同じ傾向です。

インターナショナルエアラインにおける機長の年間給与水準の例

キャセイパシフィック(香港)

  • 1年目:$1,333,080(約1,600万円
  • 5年目:$1,443,000(約1,730万円
  • 10年目:$1,621,800(約1,950万円

エミレーツ航空(ドバイ)

  • 1年目:$970,080(約1,150万円
  • 5年目:$1,091,760(約1,300万円
  • 10年目:$12,65,760(約1,520万円

エティハド航空(アブダビ)

  • 1年目:$1,149,360(約1,380万円
  • 5年目:$1,243,920(約1,500万円
  • 10年目:$1,441,560(約1,730万円

※参考為替レートは1ドル=120円、出所元の月額給与を12倍した数字

(出所)https://www.pea.com/airline-pilot-salary/

少し古い2012年時点のデータでこの水準ですので、インフレと需要の高まりによって、足元の給与水準は更に高くなっている可能性が高いでしょう。

なぜパイロットの給与は、これほどまでに高いのか?その主たる要因を供給サイト、需要サイドに分けて確認します。

供給面の理由:パイロットの少なさには、その「参入障壁の高さ」にある

高額給与の要因の1つに供給の少なさ、つまりパイロットになる難易度の高さがあります。いくらでも供給できるのであれば、ここまでのパイロット不足にはなりません。その点を深堀していきましょう。

一人前になるには一定の飛行経験が必要だが、習得できる環境が殆どない

弁護士や医者のような資格職は、司法試験・医学部入学といった高度な知識を要する試験が高い参入障壁となり、給与水準の維持に一役買っています。

一方のパイロットも、語学力や複雑な航空機の操作する高い知的能力が必要なことに加え、莫大な育成費用に起因する採用枠の少なさが高い参入障壁になっています。

国土交通省によれば、パイロットの自社養成には1人あたり4・5,000万円かかると言われています。

事業会社で運転するための定期運送用操縦士(飛行機)の受験資格を国土交通省のHPから確認すると、21歳以上で総飛行時間1,500時間以上、そのうち以下の経験がある。

  • 150時間以上の野外飛行を含む250時間以上の機長として飛行
  • 200時間以上の野外飛行
  • 100時間以上の夜間の飛行
  • 75時間以上の計器飛行

といったように、一定の飛行経験が求められます。

しかし、このような飛行経験は、日本では航空大学校や自衛隊、航空事業会社等でしか得ることが出来ず、入学の難易度は非常に高いです。

航空大学校の入学は約10倍前後、大手航空会社の自社養成採用の倍率は100倍前後とも言われています。また、東海大学や法政大学等一部の私学でもパイロットの養成コースはありますが、それを含めても極めて限定的と言わざるをえません。

自衛隊から転職するという手もありますが、防衛省と民間航空会社には無秩序な転職・引き抜きを防ぐための紳士協定が結ばれており、民間航空会社は退官後2年以内の自衛隊出身者を採用することができません。

パイロット不足を補うため、37歳以上の自衛隊員を民間航空会社に斡旋・活用させる割愛制度もありますが、それでも転職できるのは年10人前後と言われています。

パイロットには抜群の健康状態が求められる

パイロットになるための難易度の高さを支えているもう一つの重要な要素は、航空身体検査です。

航空身体検査とは、安全な航空業務の遂行を行うために心身の状態を確認する検査であり、航空法に一定期間毎の受診が定められています。パイロットは乗務時にこの航空身体検査証明を携帯する義務があります。

この航空身体検査でよく耳にする話として、視力が一定よりも低い場合不合格というものがありますが、実際にはこれだけに留まりません。

詳細な基準は航空医学研究センターの航空身体検査マニュアルに記載されていますが、その基準は非常に多岐に渡ります。その基準の一例を取り上げてみましょう。

航空身体検査の基準一例

  • 体重:BMIは30未満であること。
  • がん:がんの疑いのある腫瘍がない。また、既往症も無いこと。
  • 内分泌・代謝:痛風や高脂血症でないこと。
  • 血圧:135~80mmHg未満であること。(高血圧・起立性低血圧は不適合)
  • 血液:業務に支障をきたすような貧血でないこと。
  • 妊娠:12週目まで、及び27週目以降でないこと。
  • 精神障害:重大な精神障害、又は既往歴が無いこと。
  • 視力:裸眼で0.7、両目で1.0以上であること。(一定度数以下のメガネならOK)
  • 鼻:過度なアレルギー性鼻炎でないこと。

私の場合、既に視力や鼻炎で脱落する可能性が高い・・・笑

これらの基準を逸脱する場合は即座にパイロット不適合という訳ではありませんが、要注意ラインとされています。

かなり基準が厳しいため、毎年1万以上のパイロットが受診し、約千人が不合格となるなど、乗務資格の維持だけでも非常にシビアです。

また、医師免許や弁護士資格などと同様、パイロットの業務経験や身体検査基準は国ごとにバラバラなため、海外の人材をすぐに登用するといったようなことも困難なのが実情です。

需要面の理由:2030年問題やLCCの台頭が給与上昇に拍車をかける

パイロットは供給面の少なさだけで高額な給与水準を維持している訳ではなく、今需要面の要因でも高騰が止まらなくなっています。

大手航空会社が抱える悩み、2030年問題

日本の大手航空会社における主要なパイロットの年齢構成は40-50代に偏重しており、約10年後の2030年前後に大量退職を控えています。

他の民間事業会社でも同様ですが、今多くの会社で30代の働き盛りのミドル層が不足しています。理由は明確で、バブル期に大量採用で人員を増やした一方、バブル崩壊の煽りで1990年半ば以降から2000代前半までに就職活動を迎えた新人の採用を絞ったことが要因です。

日本の労働市場は、依然として流動性が低く、雇用調整も簡単ではない事から、民間の事業会社は今の30代ミドルの採用を極端に絞るしか方法がありませんでした。

しかし、パイロットのような圧倒的な実務経験が必要とされる業種で、なおかつ産業の裾野もそれほど広くない職種でこのようなことを行えば、人材の補てんに苦労するのは目に見えています。

WS000183

(出所)国土交通省 我が国における乗員等に係る現状・課題

国交省の試算によると、現在のパイロットの新規採用数が年間150~200人であるのに対し、2030年前後では定年退職するパイロットの減少を補うのに必要なパイロットの数だけで約200人、航空業界のパイロット需要の拡大に伴う必要採用数で約150人と、明らかにパイロットの養成ペースが追いついていません。

話は少し逸れますが、このパイロットになることができる枠の少なさは驚きですね。多い年でも200人前後とは、圧倒的な少なさ。これがいかに少ないのか、参考に他の士業の合格者数と比べてみましょう。

2019年の新成人125万人をベースとした場合、その年代の人がそれぞれの士業に就ける大体の確率は以下の通り。

  • 医師:0.72%(9,024人、第112回 医師国家試験合格者数基準)
  • 弁護士:0.12%(1,525人、平成30年司法試験合格者数基準)
  • 弁護士:0.10%(1,305人、平成30年公認会計士試験合格者数ベース)
  • パイロット:0.02%(上記国交省資料を基に、200人を想定)

なんたる狭き門。実は数だけで言えば、主要な高給取りの職業の中で、パイロットになれる確率が最も低くなっています。

流通・旅客数の高まり、規制緩和が需要を押し上げ

今では手軽に旅行する際に欠かせない交通手段となったLCC(格安航空会社)。

国のエアライン行政における規制緩和や、より低廉な運賃を求める旅客のニーズが後押しし、我が国を含め世界各国でLCCの利用者数が急成長してきています。

(出所)国土交通省 我が国のLCC旅客数の推移

このような相次ぐ新規参入も、パイロットの需要増加を下支えしている要因の1つと言えます。より安価な航空運賃でペイできるLCCの台頭によって、幹線以外の地方路線の飛行が拡充してきています。

路線の拡充・発着の増加に伴い更にパイロットが必要になりますが、近年では人手不足の解消に目途が断たたず、例えば、ピーチアビエーションは2019年から国内のLCCでは初めてパイロットの自社養成を開始しました。

LCCのパイロットは、元々大手キャリアからの転職・退職者が多く、人員の高齢化がより深刻です。膨大な費用をかけてでも、パイロットを確保する必要があるということですね。

LCCはその運賃の安さから既存のFSC(フラッグシップ・キャリア)からの乗り換え需要だけではなく、今まで飛行に乗らなかったような客層の開拓にも寄与しており、今後益々の旅客需要の拡大が期待されます。

世界的にこうした動きは見られますが、アジアでは新興国を中心とした経済の拡大に伴い、特に航空需要の増加が著しいことも人手不足に寄与しているかもしれません。

WS000186

(出所)国土交通省 我が国乗員などに係る現状・課題

国交省によると、世界的にパイロットの必要数が2030年には約2倍になるのに比べ、アジアはそれ以上の4.5倍と試算されています。確かにアジアは世界人口の約6割を占めており、他の地域を凌ぐ成長率を誇る経済圏ですから、パイロットの需要はうなぎ上りでしょう。

このような状況では、パイロットの収入高騰は当分止まらないでしょう。パイロットに関して、こういったニュースを見かけることも少なくなりました。

パイロット不足がシンガポール航空に影響、引き抜きが一因


世界的なパイロット不足がシンガポール航空(SIA)にも影響を及ぼしており、過去5~6年間で約180人のパイロットが他社に移籍した。引き抜いたのは主に、中東と中国の航空会社だ。

(省略)
SIAパイロットの組合であるシンガポール航空パイロット組合(Alpa-S)は、高給で中国などの航空会社にパイロットが引き抜かれている現実を指摘。海南航空の場合、広銅型旅客機のパイロットの年俸は40万Sドル(約3,283万円/非課税)。SIAは税込みで平均25万Sドル(約2,023万円)だ。

(出所)2018/9/4 AsiaX

うーん・・・すごいですね。パイロット、おすすめです・・・!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする